この作品はロール紙に右から左へと長期にわたって描き進めてきた大作である。ペイント画材の方が色を効率的に比較的早く乗せていけるものの、敢えてクレヨンを使用して描き始めた。紙との相性の良さや原初的で独特の風合いを持つクレヨンの特性を考えてのことである。
ワークインプログレスとして少しずつ折を見て2年越しで進めてきた作品だが、今年の新型コロナ騒動と重なり、中途より自粛を余儀なくされた環境下での制作となった。当初、クレヨンを使用したカラー一色に埋めていく予定だった作品であるが、その不安な情勢が反映され、鬱屈した気持ちを現す鉛筆のみのグレーへと変貌する。ウィルスがこの世界と肉体に忍び入って、凌駕しようとする力(グレーの箇所)となっていく様子を描き始めたのだ。もともと、想像に任せてその時々の気分と意識の流れを即興的にゆっくり描き進めてきたが、鉛筆はクレヨンよりさらに時間を要する。しかし、非効率がアートの特性でもある。効率性の追求こそが現代社会の精神的病巣の根源であることは言うまでもなく、ペンを落とした先から回り始めた「時の流れ」も鑑賞者にこの絵の中に感じてほしいと考えている。
いつまで続くとわからぬ闇、しかしその闇の中にも生命の萌芽を孕んでいる。それはカラーというエネルギーで再び覆われることによって新局面を切り開いていくだろう。日本には古来より、情景や物語を連続して表現するスタイルとして絵巻物の文化がある。この作品は物語を伝えるものではないが、生命それ自体を目的に過度に変化していく様、生々流転の様子を現している。